2026年10月1日、第65回NEDOピッチのテーマは『NEP Pitch -2025躍進事業者ファイナリスト特集』。NEPとは国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進する起業家候補支援プログラム「NEDO Entrepreneurs Program」の通称。今回は事業化フェーズのスタートアップが対象のNEP「躍進コース」から、ピッチコンテストで優れた評価を獲得したファイナリスト・受賞者が集った。医療分野や次世代データセンターにおける課題解決に貢献する事業構想や有望技術の可能性を、会場に熱く語り掛けた。ピッチ終了後には各社が今後1~2年の展望や事業推進のうえでぶつかっている壁、それを共に乗り越えることのできる協業先に期待することなどを語った。
■(株)Coera 代表取締役 西山 崇経 氏
世界中の小耳症患者へ、第三の選択肢を

「アンメットメディカルニーズ」。現在の医療技術や治療薬では十分に対応できない医療ニーズのことだ。生まれついて耳の形状などにハンディキャップを負う「小耳症」もその1つ。国内に2万人、世界で160万人が深刻な難聴や他者からの視線に悩んでいる。その対処策は10代のうちに自身の肋骨中の軟骨を採取し、整形して皮下に埋め込む手術に限られる。しかし非常に強い痛みに耐えなければならず、失敗や感染症のリスクもあり、患者さんや家族にとって非常に大きな覚悟を迫られる選択だ。耳の穴が塞がっている症例も多く、難聴の改善は難しい。そのため手術を受けない選択をする患者さんも少なくない。
そんな困難に立ち向かうのがCoeraだ。医師として今も患者さんに向き合っている代表取締役の西山氏は「現代の技術で新しい選択肢を届けたい」と、独自の機能的義耳「Omimi®︎」を開発した。患者さんや家族の耳の3D画像データから義耳を形作り、軟骨伝導補聴器も内蔵。補聴器による聴力改善を維持しつつ通院や手術は不要、治療に伴う感染症のリスクもない。
現在は患者さんや医療機関の協力を得て改善を重ねるが、義耳をしっかりと固定できる素材や粘着加工が課題。西山氏は共に課題を乗り越える技術や素材を持つ産学のパートナーを募りつつ、「髪で隠したりハンディキャップを背負ったりしている方々が、少しでも暮らしやすいように変革したい」と決意を語った。
■フォトンネクストテクノロジー(株) 事業開発パートナー 滝波 浩二 氏
高電気光学性能PLZT薄膜を用いた 次世代光変調器

世界の隅々までAIの社会実装が進む過程で、いまデータの流通量が爆発的に増えている。これを受けたデータセンターの建設ラッシュのなか、各国で大きな課題として叫ばれているのがエネルギー問題だ。世界が直面する不可避の社会課題を解決するべく、データセンター内で使われるIT機器や各種設備、それを構成する部品単位まで、電力消費を抑える試みが各所で注目を集めている。
「市場が伸びるかどうかという次元ではなく、確実に急成長する市場だ」。九州大学発スタートアップのフォトンネクストテクノロジーで事業開発パートナーを務める滝波氏はこう力説する。同社はコンピュータで処理された電気信号を光信号に置き換える、データセンターの中で使われる小さなデバイス「光変調器」によって、消費電力の大幅な低減に挑む。小型ながら広帯域・高速での変調を可能にするのが、次世代の高速光変調素子と、そのコア技術となる高電気光学特性を有するPLZT薄膜材料。同社はまず、ウエハーとチップの2027年からのサンプル提供開始に向けて準備中だ。
外部ファウンドリを活用しつつ、将来的にデバイス製品まで製造販売を手掛ける考え。滝波氏は「この領域では日本企業が得意なノウハウや技術の蓄積が競争力に直結する」と概観する。そのうえで「経済安保の観点からも、日本国内に(光通信のケイパビリティを)持つことが必要だ」と、事業のもつ大きな価値を会場に訴えた。
■プレシジョンイメージング(株) 代表取締役CEO 石井 聖也 氏
AIを用いた人工股関節手術 術中支援装置の研究開発

「人間の感覚に頼った手術は続けられるべきではない」。プレシジョンイメージングの石井聖也CEOは、股関節の人工関節手術を手掛ける医師として患者さんと向き合うなかで、こうした強い問題意識を抱いた。この手術は末期の患者さんにとって最後の希望であり、術後は歩けるようになるなど期待も満足度も高い。ただ、骨とインプラントとを繋ぐ位置合わせに「適切な角度」「深度の正確な評価」などといった高い技術力が求められる。それだけに術者の経験や技術力によって手術の精度に差が生まれてしまう。その結果として骨折や脱臼、左右の足の長さが不ぞろいになり一生足を引きずって暮らすことも起こり得る。「良い手術ではあるが、人間の技術頼みでは限界がある」(石井氏)。
同氏は医師業の傍ら、3D画像と共にリアルタイムで手術をナビゲーションする医療機器の開発に取り組む。一般的な手術室に配置されているモバイル型レントゲン装置を使って3次元構造を再現、状況を確認しながら手術を進められる。製品としての達成基準は各機能でクリアしており、近年中に国内や、アメリカでの承認を取得する道筋を描く。「他のソリューションでは抜け落ちているポイントをカバーしている。我々のナビゲーションで世界中の患者を救うことができると信じている」。言葉の端々に、手術と課題と解決策を熟知するからこその自信があふれている。
■SPHinX(株) 代表取締役COO 佐々木 信 氏
誰でもどこでも使える感染症診断技術

治療薬があるのに、確定診断がないため治療を始められず命を落とす──。患者さんやご家族にとって、これほどもどかしいことはない。様々な感染症に直面するアフリカではこうした課題が当たり前に立ちはだかる。特にPCR検査のようなレベルの診断には人的にも設備的にも対応が困難。この状況に挑むのが物質・材料研究機構(NIMS)発の診断技術スタートアップ、SPHinXだ。
「いかに簡単な技術で品質の高い診断を提供できるか」。代表取締役の佐々木氏は、設備が整わない途上国の実情を直視し、簡便さと精度とを両立した検査を目指す。それを可能とするのが、検体を温めるだけでバイオマーカーを濃縮するスマートポリマー前処理技術「Smart ∞™ 技術」だ。温度で水溶性が変化する、抗体に特異的に結合する高分子素材を使用。血液サンプルにウイルスや抗原があれば結合し、温めると凝集して沈殿して簡単に検出できる。装置も電源も不要で、PCR検査を介さずに抗原を直接検出する仕組みだ。
まずは治療薬が安価に手に入るC型肝炎を検査のターゲットにする。エジプトやナイジェリアで1500人規模の検査を実施したところ、高い感度を示し良好な結果を得た。当局へ承認申請中で、2026年内に発売予定だ。ガンなどの非感染症の診断、治療への応用など適用範囲が広がると見る。「薬の手前で止まることが大きな問題だ。誰でも使える診断手法を通じて命を救う」(佐々木氏)とのビジョンの実現に向けてアフリカに足を運び続ける。
■(株)HoloStorage CEO 吉田 周平 氏
次世代データセンター用、超高速&省電力 光アーカイブストレージ

AIの普及を背景に、人類が必要とするデータストレージ量は膨大に増え続ける。そこでの懸念が電力問題、データストレージのハードウエアの寿命問題だ。従来のハードディスクドライブ(HDD)型は消費電力が大きいうえ故障が避けられず、たった5年で入れ替え。磁気テープ型は倍の10年はもつが、データの出し入れにテープの物理的な出し入れが必要で作業時間がかかる。どちらも運用コストの増加に直結し、大規模データをタイムリーに扱う上でも大きな課題だ。
そこでHoloStorageが提案するのは超高速&省電力のホログラフィック・データ・ストレージ(HDS) だ。CEOの吉田氏は「透明な樹脂ディスクにホログラムの形でデータを記録する方式で、アクセス速度はミリ秒単位、樹脂は50年以上の長期保存が可能」と力説する。磁気テープに比べ低消費電力でデータへのアクセス時間が早く、HDDと比較しても消費電力が抑えられ、大幅な長期保存が可能だ。「大規模データを長期保存しつつ利活用する用途で利点がある」(吉田氏)。
原理検証のためのドライブ開発やディスク開発、独自の高速記録再生方式の実証に取り組んできた。現在はデモ用のプロトタイプ機を開発中だ。データセンター事業者、ストレージシステムベンダーへの技術ライセンス、ゆくゆくは自社生産を目指す。ホログラム技術はかつて国内電機大手が取り組みつつ全て撤退した歴史がある。吉田氏は「データセンター需要が大きい今、残ったのは我々だけ。このタイミングで実用化にこぎつけたい」と、脈々と紡いできた技術で時代の要請に応える覚悟を示した。
パネルディスカッション「事業展望と乗り越えるべき課題」

「躍進コース」でNEDOの支援を受け事業構想の実現に向けてまい進する各社。並行して、スタートアップとして直面する様々な課題にも向き合う。そこでピッチ後に登壇者で実施したパネルディスカッションでは、今後の展望や解決すべき課題、企業連携における悩みなどを共有しつつ、協業への期待を会場の参加者に伝えた。
■事業拡大におけるボトルネックは?
▽Coera 西山氏
「やりたいこと・やらなければならないことは明確だが、それに割ける時間と資金が足りない。売り上げも僅かなので、人を雇って加速することが難しい」
▽フォトンネクストテクノロジー 滝波氏
「まずは人だ。これから採用を進めていこうと思うがお金もかかる。ただ、私自身もNEDOの紹介を通じて参画したこともあり、支援に感謝している」
▽プレシジョンイメージング 石井氏
「大事なのは時間。現在は目新しい技術でも新鮮さが命であり、1秒でも早く世の中に出さないといけない。また海外展開に必要な国際的な人材を採用するには資金も必要だ」
▽SPHinX 佐々木氏
「時間と資金は共通する。加えて当社はアフリカで事業展開するが、国によって言語も規制も環境も異なる。違いを踏まえつつ各国に適用し、ニーズに応えることが難しい」
▽HoloStorage 吉田氏
「デモ機を作るためのまとまった資金が必要だ。さらに、我々の技術に基づいて機器を製造できる企業がいなくなっている。国内に見当たらず、台湾にリサーチをかけている」
■今後1~2年で達成したいマイルストンは?
▽Coera 西山氏
「ユーザーが使いやすい義耳の固定方法の探索に、本当に困っている。また現状では高価なので、誰でも手に取れるようにしていきたい」
▽フォトンネクストテクノロジー 滝波氏
「売り上げを早く立てたい。サンプルができれば購入いただける見込み顧客もいる。6インチ、成膜ウエハーなど、まずサンプル提供ができるようにしていく」
▽プレシジョンイメージング 石井氏
「2年以内に日本国内で医療機器を製造・販売する際に必要な承認を得たい。その間に米国でも準備を進めてさらに承認先を広げていく」
▽SPHinX 佐々木氏
「半年以内にエジプトで販売し、大きな利益が出なくとも会社として実績を重ねたい。また加速度的に広げるために、来年には資金調達をして対象国と対象疾患を拡げていく」
▽HoloStorage 吉田氏
「デモンストレーションのためのプロトタイプ機を作る。ユーザー候補の企業から『実際に見たい』との声を頂くので、しっかりアピールできるものにしていきたい」
■理想的な協業先は?
▽Coera 西山氏
「我々の活動に共感を持ち、助言をいただきながら協業を進めていける方々を探している。逆に私たちが技術面で役立てる部分があるならば、それも一緒に進めたい」
▽フォトンネクストテクノロジー 滝波氏
「事業会社であれば、部品や材料メーカー。もちろん金銭的な協力も大変ありがたいが、一緒に汗をかきたいと思っている」
▽プレシジョンイメージング 石井氏
「医療機器メーカー、特に国際的に事業を展開している企業であれば嬉しい。住んでいない土地で新たなプロダクトを普及させるのは非常に難しく、勉強させていただきたい」
▽SPHinX 佐々木氏
「メーカーや、診断・分析の出口を持っている先が理想だ。すでに連携している大手メーカーもあるが、柔軟な形でやっていきたい」
▽HoloStorage 吉田氏
「モノづくりの観点を重視している。特に製造技術についてしっかりしたノウハウや知見・経験を持った企業との連携が理想だ」
■会場からの質問
▽Coeraへ ──患者さんのQuality of Lifeの向上に貢献する素晴らしい事業だ。子供の成長に伴う、義耳の色や形についてはどう対応するのか。
西山氏「子供は成長が早く1~2年で作り変える。色合いも難しく、夏休みで日焼けをし、色の差が出たとの声もある。人体ではないので難しいが、解決すべき課題だ」
▽フォトンネクストテクノロジーへ ──既存の半導体製造装置を使えるのか。量産面における懸念は。
滝波氏「半導体業界は異物混入を極端に嫌うので、製造工程の一部はA社、違う工程はB社という形で成立させなければならない。究極的には自社で全ての工程をもつことも可能だろう」
▽プレシジョンイメージングへ ──年齢や人種の違いによる骨格差は考慮しているか。
石井氏「日本人だけではなくていろいろな人種に対応した学習データを使ってAIをトレーニングしているので対応できる」
▽SPHinXへ ──ターゲットとする顧客は創薬企業なのか。
佐々木氏「エジプトはディストリビュータを通して販売するが、アフリカの顧客は病院や検査ラボになる。日本国内の顧客は、出口を持つ診断メーカーなどになる」
▽HoloStorageへ ──技術的なボトルネックは何になるのか。
吉田氏「読み取り速度を測るために必要なイメージセンサーが、非常に高速なものにも対応できなければならない。技術的には難題も並列させることも考えられる」
■最後に、来場した参加者に向けて一言
▽Coera 西山氏
「2年前まで目の前に来た患者さんを治すことだけを考えていた。いまディープテックでは新米。色々とお話して学び、協業に繋げられたら」
▽フォトンネクストテクノロジー 滝波氏
「社長の井関も私も前職は日本企業の技術者。日本のディープテック系のスタートアップの成長には企業経験を経た技術者がもっと流れてくるべき。人材の流れも活発になればと思うので、ぜひ一緒に挑戦しましょう」
▽プレシジョンイメージング 石井氏
「100%満足のいく手術は中々なく、どこかに悔いが残る感覚は全ての外科医に共通すること。客観的な先進テクノロジーが応用されることで世界がもっと安全で素晴らしいところになると確信している。そんな未来に向けて事業会社やVCの皆さんと夢を叶えたい」
▽SPHinX 佐々木氏
「アフリカに足を運ぶと、日本では感じられない熱量やエネルギーに満ち溢れていると感じる。大変な部分もたくさんあるが、伸びていく市場なので一緒に夢を追いかけていただけると嬉しい」
▽HoloStorage 吉田氏
「ホログラム技術の歴史は光ディスクよりも古いのだが(実用化されていない)『夢の技術』と揶揄されていた。国内メーカーは様々な経緯で撤退したが、いま社会的にデータセンターが重要となり、技術的にも成熟してきた。ぜひ市場に技術を投入したいと思う」
