舘林氏は事業創造本部 BI推進部 部長。スタートアップと大企業がオープンイノベーションで事業共創を目指すプラットフォーム「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」の運営、コーポレートベンチャーファンドである「KDDI Open Innovation Fund」の運営、及びオープンイノベーション拠点として、スタートアップの斬新なアイディアや先進的なテクノロジー、5G実証実験環境、およびKDDIグループによる技術的なサポートを提供することで、次世代技術を活用したビジネス共創を推進する「KDDI DIGITAL GATE」の責任者。
<ご注意>
本インタビュー記事は、インタビュー実施時点(2022年12月22日)での情報をもとに作成されています。
現在と異なる場合がありますのでご了承ください。
「つなぐチカラ」を進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる、KDDI株式会社 BI推進部の舘林 俊平氏に話を伺った。
舘林 俊平氏
自社と同じ領域での出資や協業は想定しない
─―オープンイノベーションの取組を始められた経緯や始められる前に感じられていた課題について教えてください。
舘林:KDDIは2000年に合併してできた電話会社です。「オープンイノベーション」という言葉が出来る前から、KDDI自体が買収や合併・統合等を繰り返し、インターネット、モバイルと事業のトランスフォーメーションも繰り返して、テクノロジーの進化とともに、事業のトランスフォーメーションとM&Aを通して持続的な成長を図ってきた歴史がありますので、外部から新しい知を入れていくことについて柔軟な文化がありました。
また、スタートアップファンド等が無かった時代から、グリー株式会社や株式会社コロプラ等に出資、提携等を行ってきた実績、成功例があったことで、その後の「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」や「KDDI Open Innovation Fund」に繋がっています。
─―すでに新しいものを取り入れる文化があったということですが、どのようにオープンイノベーションの目的を設定されましたか。目的の達成状況と合わせて教えてください。
舘林:目的は「新事業創造」を設定しています。理由として、自社は通信事業領域がメインであり、同領域については専門性がありますので、既に分かっている同じ領域への出資や協業は想定していないからですね。また、新しい領域で事業を行っていく際には、その領域の専門家と協業したほうが、立ち上げ速度も速く、成功頻度が高いと考えています。 その結果、Innovation Leaders Sumitでは、イノベーティブ大企業ランキング2018年より2022年まで1位、Morning Pitch大企業イノベーションアワード2020年、2021年1位、2022年殿堂入りしています。
Morning Pitch大企業イノベーションアワード2022
─―各種ランキング上位、殿堂入りとはすばらしい成果ですね。もし、オープンイノベーションを実施していなかったらどうなっていたかと思いますか。
舘林:個々人の思いをベースに新しいビジネスアイデアが出てはくると思いますが、新規事業にリソースを割ける割合が限定されたり、思い込みで終わるケース、中途半端に終わるケースが頻発したと想定されますね。
事業プロセスに共通認識をもつ
─―続いて各ステージにおける具体的な取組についてお伺いできればと存じます。まず、事業アイディアの棚卸・ビジネスモデル検討における具体的な取組内容や発生した課題などについて教えてください。
舘林:スタートアップへの支援は実施していても、事業連携や協業、またM&Aに進まないと果実が得られず、そこに進む前に「失敗」という位置づけをされてしまうプロジェクトもあるのではないかという点です。中長期で取り組まなければいけない事業に対して短期的な成果を求めたり優秀な人的リソースを配置できなかったりという課題が出るケースもあります。実現するためにはそうしたらよいのか、逆算した検討プロセスで考えることが、大企業のオープンイノベーションには必要であると考えております。
─―中長期の事業に対する体制の整備は中々難しいですね。課題解決のために取り組まれていることがあれば教えてください。
舘林:事業部への移行までの期間、オープンイノベーションを担当する部門で持つ時間を長く、中長期的な視野で育てることですね。また、成長が不十分な事業は事業部に移行しても成長しづらいため、一定の成長まではオープンイノベーション担当部署でじっくり育てるようにしています。つまり、最初から事業部を巻き込まないようにしたということですね。
─―ある程度の段階までオープンイノベーションの担当部署が担うことがポイントなのですね。続いて、連携相手の探索における具体的な取組内容や発生した課題などについて教えてください。
舘林:具体的には「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」の運営をしています。当初はKDDI単独で始めましたが、スタートアップと一緒に取り組みたいという大企業と共に取り組むことが、スタートアップの皆さんにとっても有益だろうということになり、パートナープログラムを始めました。課題としては、大企業とスタートアップのプロジェクトのスピード感の違いですね。収益化のタイミングが難しいことで、コスト削減の対象となりやすいため、この点をどう耐えるかが課題として出てきています。
─―スタートアップのスピード感とのずれは他社様からもうかがうことが多い課題です。課題解決のために取り組まれていることがあれば教えてください。
舘林:しっかり結果を出すことです。対外的な評価を得ることで、社内でのオープンイノベーションに関する前向きな環境を構築しています。 こうした取組は今後も継続していきたいと考えています。
スタートアップ×大手企業のマッチングイベント「MUGENLABO Café」
(2022年12月16日)
─―続いて、情報交換・協業における具体的な取組内容や発生した課題などについて教えてください。
舘林:情報交換については、スピード感を重視しております。ファンドを持っているので、最初の段階でNDAを締結し、情報の共有等、やり取りを早くスタートするようにしています。またファンドの説明パッケージ、注力している事業の説明パッケージ等、すぐに伝わるようなパッケージを事前に準備しています。
課題としては、スタートアップのNDA雛形を利用しようとすると、リーガルチェック等に時間を要してしまうことですね。海外拠点で同様の状況が発生した場合等、余計に時間がかかってしまうケースがありました。
こうした課題の解決として、自社で出資等に関する最低限のNDAパッケージを用意しています。スタートアップにおいても支障無いであろう内容で事前に準備しておくことで、リーガルチェック等の効率化を図っています。
スタートアップとのコミュニケーションを円滑かつ迅速に行う取組は今後も徹底していきます。
─―NDAパッケージの用意は素晴らしい取組ですね。続いて、PoC・研究開発における具体的な取組内容や発生した課題などについて教えてください。
舘林:我々のスタートアップとの向き合いの前提にあるスタンスとして、「スタートアップファースト」があります。先方に何かをお願いするのではなく、スタートアップ側から、経営者側から我々にやってほしいことの要望を承る、サポートするというスタンスでやっています。
課題としては、PoCの段階で終わってしまい、次の事業連携・協業のステップに進まず終わってしまうケースがあります。
こうした課題の解決として、出資、協業を開始する時点でどこまで進めるかを事前に明確にしておくことで、これを含めて理解を得ることで、プロセスを進めやすい状況を作りました。
また、出資、協業を開始する時点である程度先のプロセスを含めて承認、OKをもらうことで、途中で終わるようなことがないような環境を作っています。
─―協業を開始する時点でプロセスの共通認識を持つことは重要ですよね。続いて、事業化における具体的な取組内容や発生した課題などについて教えてください。
舘林:具体的には「バーチャル渋谷」等、メタバース関連事業を開始しています。また、通信事業の新料金ブランド「povo」を立ち上げた際にインフルエンサーやVチューバーとの連携をしました。
課題としては、スタートアップとの協業において、先方の事業規模や案件規模等によっては、大企業のアセットを全て出そうとすると、先方のリソースや規模感とのアンマッチが生じるケースがあることですね。先方が協業事業で手一杯になるケースがあり、避けなければいけないと感じています。
こうした課題の解決のために、協業相手の規模感やリソースの状況等を見ながら、バランスを考え、主従関係にならないように注意しています。
─―協業相手との関係性を大切にされているのですね。続いて、スケール化における具体的な取組内容や発生した課題などについて教えてください。
舘林:オープンイノベーション担当部門から事業部への移行段階までに、事業部でしっかり背負ってもらえるように社内の調整を行っています。 課題としては、会社規模の差によってアンマッチが生じることですね。大企業においては、新規事業の収益規模と、移行先となる事業部の収益規模とのアンマッチが生じることがあります。
協業相手の事業を支援するという立場
─―PoC・研究開発のスピードを加速するためには、助け合いの文化や部署の枠を超えた交流が重要という分析結果が出ておりますが、御社においてそうした内容で何か特別な工夫をされていましたら教えてください。
舘林:新規事業部門担当者が部門の枠を超えた複数のプロジェクトに参加し、主担当とは別の分野を持つことで、取り掛かりを多く持つようにしています。
また、本部長クラスへの発表の場を2週間に1度の頻度で開催し、別部門との意見交換を活性化しています。意思決定権限を有する上長等も交えることで、初期ステップを省略でき、結果的にスピードアップに繋げています。
─―決定権限のある者を交えた意見交換で事業全体のスピードアップを図っているのですね。また、スタートアップと協業を行う上で、スピードを落とさないための工夫やスタートアップの長所を活かすための配慮などあれば教えてください。
舘林:協業先に対してPoC段階で終わってしまうケース、PoCが繰り返されてしまう状況を避けられるような工夫を行っています。自社を主語とした協業は想定しておらず。KDDI自身がオープンイノベーションを活用しようというより、スタートアップの事業を支援すること、何をお手伝い出来るかという点に主眼を置いています。
─―あくまでスタートアップの事業を支援するという立場で取り組むことがポイントなのですね。最後に行政に対する意見や要望がありましたら教えてください。
舘林:長い期間や大規模な資金を必要とするようなスタートアップに対する出資金額がたくさん集まる環境を作る意味で、解決手法の一つとして税制は一つ候補になるかと思います。
取材対象プロフィール※
KDDI株式会社 BI推進部
舘林 俊平氏
舘林氏は事業創造本部 BI推進部 部長。スタートアップと大企業がオープンイノベーションで事業共創を目指すプラットフォーム「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」の運営、コーポレートベンチャーファンドである「KDDI Open Innovation Fund」の運営、及びオープンイノベーション拠点として、スタートアップの斬新なアイディアや先進的なテクノロジー、5G実証実験環境、およびKDDIグループによる技術的なサポートを提供することで、次世代技術を活用したビジネス共創を推進する「KDDI DIGITAL GATE」の責任者。
※2023年12月現在 Web3推進部 部長 兼 BI推進部
上記プロフィールはインタビュー実施時点(2022 年 12 月 22 日)情報