日華化学株式会社は、界面科学と毛髪科学を基盤とし、繊維加工をはじめ、金属加工、製紙、クリーニングの各業界向け薬剤、また化粧品やデジタル先端材料などを、さまざまな分野のお客様に提供する界面活性剤メーカー。「世界中のお客様から最も信頼されるイノベーションカンパニー」を目指し、2017年秋にはグループ研究開発の中核拠点をオープン。アジアを中心とした9か国14拠点を展開する同社グループの研究開発トップを担う、同社取締役執行役員 CTO 化学品部門 界面科学研究所長の稲継 崇宏氏に話を伺った。 稲継 崇宏氏 これまでにないコラボレーションやスタートアップとの連携 ─―オープンイノベーションの取組みを始められた経緯や始められる前に感じられていた課題について教えてください。 稲継:当社の事業の半分が、1941年創立時から80年以上続く繊維関連です。繊維関連は国内マーケットとしては成熟産業で、加工場の海外シフト化が進んでいます。そんな状況で国内に残った顧客はより高度な技術にチャレンジされている現状ですが、既存技術の対応と並行しての技術開発ではスピード、技術、達成事項に対しても不足するケースが出てきています。 これらを補う手段として大学を含めたオープンイノベーションを活用しようと考えました。足りないところを全て自社でやると時間とお金がかかるうえに、顧客にそこまで待ってもらえない。これを意識し始めたのが、2010年くらいですね。特に2013年頃からは全社的な新規事業創出の動きがあり、2017年11月にNICCAイノベーションセンター(以下「NIC」)が出来たことを機に研究組織を改編しました。化学品関連の研究部隊を1つに集約し、より異業種との取り組みを意識したオープンイノベーションを推進してきています。 ─―異業種との取り組みを意識したオープンイノベーションの推進から、どのようにオープンイノベーションの目的を設定されましたか。目的の達成状況と合わせて教えてください。 稲継:目的とするならば「新技術開発」ですね。 NIC開所を機に研究組織を変えた結果、まったく繊維関連とは違う、これまで取引のなかった企業とのコラボレーションやスタートアップと取り組む機会が生まれるようになり、マッチングサービス等でもいろいろなチャンスが出てくるようになっているほか、技術の対応範囲も広がってきています。 NICCAイノベーションセンター(NIC) ─―多くのチャンスが生まれているのですね。もし、オープンイノベーションを実施していなかったらどうなっていたかと思いますか。 稲継:自社単独で取り組んでいた場合、既存技術・新技術の対応をそれぞれ全て自前で行わなければならないので、両方とも対応出来ず、共倒れ状態になっていたと思います。特に時間がかかる次世代技術の検証は、進まなかったのではないでしょうか。 CTO室を軸に情報共有・マッチングを行う ─―各ステージにおける具体的な取組についてお伺いできればと存じます。まず、連携相手の探索における具体的な取組内容や発生した課題などについて教えてください。 稲継:以前は実務担当者の方法に任せていたことで、組織全体として戦略的な取り組みとなっておらず、十分な調査が出来ていなかったと思います。また、オープンイノベーションの作法が分かっていませんでしたね。情報開示の方法、マッチングの際のやりとり、そのときのコミュニケーションの対応スピードが遅かったりして機会を逃し、適切なパートナーにたどり着けなかったこともあります。 ─―では課題解決のために取り組まれていることがあれば教えてください。 稲継:これまで外部とのオープンイノベーションについては、各開発部隊がやっていましたが、全体案件として調整機能が必要と感じました。これを受けてCTO室を組織し、横串しで見るようになりました。CTO室がウェブサービス等で情報発信・共有・収集を行い、知見を集積共有した上でマッチングを行い、課題を一つ一つ解決しています。 またこれまでリアルのセミナー参加は福井では難しかったのですが、コロナ禍でオンラインセミナーが爆発的に増えたことで情報収集はしやくすなりました。社内では年に4回、研究発表会を開催し、情報の共有を図っています。できるだけ属人的な取り組みにならないような仕組みを実現しています。 CTO室メンバー ─―続いて、情報交換・協業において、具体的にどのような取り組みを行い、どのような課題が生じたか教えてください。 稲継:関心度の高いものについては、まずは秘密保持契約を締結し、検証を進めるようにしています。必要最小限の取り決めのみ確認し、パートナーとは身軽にやりとりを行います。また、できるだけ契約にかかる時間を短縮化することを意識しています。並行してパートナーの知財の状況を確認しています。 国内は、かなり実績が増えてきているので、契約作成はスムーズに行うことができていますが、最近は、海外の大学や顧客との協業の機会が増え、翻訳の問題や契約に対する考え方のギャップが出て来ており、その場合は時間短縮が難しいですね。 こうした課題の解決のために、ある程度機械的に行うことができるように雛形を作成、確認ポイントのマニュアル化、海外案件については自動翻訳のシステムを活用し、対応のスピードアップを図っています。 また、効率化のために導入しているツールを社員に使い倒してもらっています。部門内のポータルサイトを整備しており、自分が困っている事例を探してもらい、課題を解決してもらう仕組みです。これにより問い合わせ対応等の時間短縮を図っています。 ─―問い合わせ対応の効率化は実績が増えるほど必要になってきますものね。PoC・研究開発における実際に行ったことや問題点などについて教えてください。 稲継:以前は、最終的な製品ができないとサービスを紹介できない状況でしたが、今は試作品レベルでも評価できる業界のリーダーに持ち込んで、試作品の確度を上げて市場に出そうという開発スタイルになってきています。 また以前は、技術開発を積極的に行う一方で、「実際に出来上がったものがどういう事業になるのか?」ということが十分に確認できておらず、見切り発車となっている部分があり、実際に出来上がったものをみると、マーケットが追いついていないとか、既にマーケットがスタートしてしまっている等、タイミングのギャップが生じるケースが出てきていました。 こうした課題の解決のために、これまでは、まずはやってみようというスタイルでしたが、ある程度の人をかけてやるテーマは、進捗をしっかり管理運営する取り組みを進めています。これまで研究部隊だけで行っていたものを品質保証や知的財産、生産等といった関連部署のチェックを入れ、ミスマッチの最小化を図っています。 ─―事業化というゴールを明確に設定して部署を横断した進捗管理に取り組まれているということですね。最後に具体的な取組内容や発生した課題など、事業化に関する情報について教えてください。 稲継:具体的には、マーケットサイドのポジションとして、海外の大手化学メーカーと地球環境にやさしい繊維加工のソリューションについて、ベースから一緒にコンセプトを考えて取り組みました。 課題としては、海外メーカーと共同で行う場合、成果物の取扱いを事前にしっかり取り決めておかなければ、なにか事案が出てきた際に都度協議が必要となり調整に時間がかかることですね。海外は契約社会であり、契約の文面が前提となることが原因だと思います。 こうした課題の解決のために、海外パートナーとのオープンイノベーションではいろいろなステップやフェーズで出てきた確認事項や協議事項を標準化したり、過去のトラブル等事例を収集し、これらを共有したりすることで、オープンイノベーションをスムーズに進めています。 スタートアップとスピード感を合わせる取り組み ─―PoC・研究開発のスピードを加速するためには、助け合いの文化や部署の枠を超えた交流が重要という分析結果が出ておりますが、御社においてそうした内容で何か特別な工夫をされていましたら教えてください。 稲継:コンセプト設計が粗削りである初期段階から検証サイクルをパートナーと回して課題発見、対応することを意識しています。情報の共有はITツールを活用し、早い意思決定でゴールにたどり着けるようにしています。 ─―スピード感を持つことを意識されているのですね。また、スタートアップと協業を行う上で、スピードを落とさないための工夫やスタートアップの調査を活かすための配慮などあれば教えてください。 稲継:スタートアップは、特にスピード感がちがうと感じており、現場で意思決定ができるように権限委譲することを心がけています。また、小集団で小回り効くようにすることでスピード感に合わせられるようにしています。抜け漏れ、コンプライアンスに対応しきれないことは、サポート部隊が支援して対応してリスク回避に努めています。 ─―スタートアップとのスピード感の違いは他の企業様でもうかがいます。最後に行政に対する意見や要望がありましたら教えてください。 稲継:国の施策は大企業向け、中小企業庁は中小企業向けと感じますが、当社の事業規模は中堅企業という位置付けで、どちらの対象にも当てはまらない状況です。売上数100億円から1,000億円未満あたりの企業は各々特長を持っていますが、それだけでは生き延びられないという企業が多いです。そういう企業がオープンイノベーションを活用することが多いと考えていますので、このレンジの企業が得られる支援があると良いと思うし、施策が充実すると良いと思います。 取材対象プロフィール 日華化学株式会社 取締役執行役員CTO 化学品部門 界面科学研究所長稲継 崇宏氏 稲継氏は同社グループ全体の最高技術責任者(CTO)として、技術開発・製品開発を統括。現役職に就任して5年。具体的な業務は、技術戦略の策定とその意思決定。複数の研究開発テーマのポートフォリオマネジメント、国内外グループ全体の研究開発・知財のガバナンスのほか、国内外における産官学、スタートアップ、異業種とのオープンイノベーションを推進する活動を行っている。 オープンイノベーションについては、グループ内各拠点・各部門を横断的に調整する部隊としてCTO室の4名が従事。そのほか、各事業の研究部長を中心に開発リーダーがオープンイノベーションに関わり、総勢22名がメインとなって推進している。 インタビュー実施日:2022年11月30日
日華化学株式会社は、界面科学と毛髪科学を基盤とし、繊維加工をはじめ、金属加工、製紙、クリーニングの各業界向け薬剤、また化粧品やデジタル先端材料などを、さまざまな分野のお客様に提供する界面活性剤メーカー。「世界中のお客様から最も信頼されるイノベーションカンパニー」を目指し、2017年秋にはグループ研究開発の中核拠点をオープン。アジアを中心とした9か国14拠点を展開する同社グループの研究開発トップを担う、同社取締役執行役員 CTO 化学品部門 界面科学研究所長の稲継 崇宏氏に話を伺った。
稲継 崇宏氏
これまでにないコラボレーションやスタートアップとの連携
─―オープンイノベーションの取組みを始められた経緯や始められる前に感じられていた課題について教えてください。
稲継:当社の事業の半分が、1941年創立時から80年以上続く繊維関連です。繊維関連は国内マーケットとしては成熟産業で、加工場の海外シフト化が進んでいます。そんな状況で国内に残った顧客はより高度な技術にチャレンジされている現状ですが、既存技術の対応と並行しての技術開発ではスピード、技術、達成事項に対しても不足するケースが出てきています。
これらを補う手段として大学を含めたオープンイノベーションを活用しようと考えました。足りないところを全て自社でやると時間とお金がかかるうえに、顧客にそこまで待ってもらえない。これを意識し始めたのが、2010年くらいですね。特に2013年頃からは全社的な新規事業創出の動きがあり、2017年11月にNICCAイノベーションセンター(以下「NIC」)が出来たことを機に研究組織を改編しました。化学品関連の研究部隊を1つに集約し、より異業種との取り組みを意識したオープンイノベーションを推進してきています。
─―異業種との取り組みを意識したオープンイノベーションの推進から、どのようにオープンイノベーションの目的を設定されましたか。目的の達成状況と合わせて教えてください。
稲継:目的とするならば「新技術開発」ですね。
NIC開所を機に研究組織を変えた結果、まったく繊維関連とは違う、これまで取引のなかった企業とのコラボレーションやスタートアップと取り組む機会が生まれるようになり、マッチングサービス等でもいろいろなチャンスが出てくるようになっているほか、技術の対応範囲も広がってきています。
NICCAイノベーションセンター(NIC)
─―多くのチャンスが生まれているのですね。もし、オープンイノベーションを実施していなかったらどうなっていたかと思いますか。
稲継:自社単独で取り組んでいた場合、既存技術・新技術の対応をそれぞれ全て自前で行わなければならないので、両方とも対応出来ず、共倒れ状態になっていたと思います。特に時間がかかる次世代技術の検証は、進まなかったのではないでしょうか。
CTO室を軸に情報共有・マッチングを行う
─―各ステージにおける具体的な取組についてお伺いできればと存じます。まず、連携相手の探索における具体的な取組内容や発生した課題などについて教えてください。
稲継:以前は実務担当者の方法に任せていたことで、組織全体として戦略的な取り組みとなっておらず、十分な調査が出来ていなかったと思います。また、オープンイノベーションの作法が分かっていませんでしたね。情報開示の方法、マッチングの際のやりとり、そのときのコミュニケーションの対応スピードが遅かったりして機会を逃し、適切なパートナーにたどり着けなかったこともあります。
─―では課題解決のために取り組まれていることがあれば教えてください。
稲継:これまで外部とのオープンイノベーションについては、各開発部隊がやっていましたが、全体案件として調整機能が必要と感じました。これを受けてCTO室を組織し、横串しで見るようになりました。CTO室がウェブサービス等で情報発信・共有・収集を行い、知見を集積共有した上でマッチングを行い、課題を一つ一つ解決しています。
またこれまでリアルのセミナー参加は福井では難しかったのですが、コロナ禍でオンラインセミナーが爆発的に増えたことで情報収集はしやくすなりました。社内では年に4回、研究発表会を開催し、情報の共有を図っています。できるだけ属人的な取り組みにならないような仕組みを実現しています。
CTO室メンバー
─―続いて、情報交換・協業において、具体的にどのような取り組みを行い、どのような課題が生じたか教えてください。
稲継:関心度の高いものについては、まずは秘密保持契約を締結し、検証を進めるようにしています。必要最小限の取り決めのみ確認し、パートナーとは身軽にやりとりを行います。また、できるだけ契約にかかる時間を短縮化することを意識しています。並行してパートナーの知財の状況を確認しています。
国内は、かなり実績が増えてきているので、契約作成はスムーズに行うことができていますが、最近は、海外の大学や顧客との協業の機会が増え、翻訳の問題や契約に対する考え方のギャップが出て来ており、その場合は時間短縮が難しいですね。
こうした課題の解決のために、ある程度機械的に行うことができるように雛形を作成、確認ポイントのマニュアル化、海外案件については自動翻訳のシステムを活用し、対応のスピードアップを図っています。
また、効率化のために導入しているツールを社員に使い倒してもらっています。部門内のポータルサイトを整備しており、自分が困っている事例を探してもらい、課題を解決してもらう仕組みです。これにより問い合わせ対応等の時間短縮を図っています。
─―問い合わせ対応の効率化は実績が増えるほど必要になってきますものね。PoC・研究開発における実際に行ったことや問題点などについて教えてください。
稲継:以前は、最終的な製品ができないとサービスを紹介できない状況でしたが、今は試作品レベルでも評価できる業界のリーダーに持ち込んで、試作品の確度を上げて市場に出そうという開発スタイルになってきています。
また以前は、技術開発を積極的に行う一方で、「実際に出来上がったものがどういう事業になるのか?」ということが十分に確認できておらず、見切り発車となっている部分があり、実際に出来上がったものをみると、マーケットが追いついていないとか、既にマーケットがスタートしてしまっている等、タイミングのギャップが生じるケースが出てきていました。
こうした課題の解決のために、これまでは、まずはやってみようというスタイルでしたが、ある程度の人をかけてやるテーマは、進捗をしっかり管理運営する取り組みを進めています。これまで研究部隊だけで行っていたものを品質保証や知的財産、生産等といった関連部署のチェックを入れ、ミスマッチの最小化を図っています。
─―事業化というゴールを明確に設定して部署を横断した進捗管理に取り組まれているということですね。最後に具体的な取組内容や発生した課題など、事業化に関する情報について教えてください。
稲継:具体的には、マーケットサイドのポジションとして、海外の大手化学メーカーと地球環境にやさしい繊維加工のソリューションについて、ベースから一緒にコンセプトを考えて取り組みました。
課題としては、海外メーカーと共同で行う場合、成果物の取扱いを事前にしっかり取り決めておかなければ、なにか事案が出てきた際に都度協議が必要となり調整に時間がかかることですね。海外は契約社会であり、契約の文面が前提となることが原因だと思います。
こうした課題の解決のために、海外パートナーとのオープンイノベーションではいろいろなステップやフェーズで出てきた確認事項や協議事項を標準化したり、過去のトラブル等事例を収集し、これらを共有したりすることで、オープンイノベーションをスムーズに進めています。
スタートアップとスピード感を合わせる取り組み
─―PoC・研究開発のスピードを加速するためには、助け合いの文化や部署の枠を超えた交流が重要という分析結果が出ておりますが、御社においてそうした内容で何か特別な工夫をされていましたら教えてください。
稲継:コンセプト設計が粗削りである初期段階から検証サイクルをパートナーと回して課題発見、対応することを意識しています。情報の共有はITツールを活用し、早い意思決定でゴールにたどり着けるようにしています。
─―スピード感を持つことを意識されているのですね。また、スタートアップと協業を行う上で、スピードを落とさないための工夫やスタートアップの調査を活かすための配慮などあれば教えてください。
稲継:スタートアップは、特にスピード感がちがうと感じており、現場で意思決定ができるように権限委譲することを心がけています。また、小集団で小回り効くようにすることでスピード感に合わせられるようにしています。抜け漏れ、コンプライアンスに対応しきれないことは、サポート部隊が支援して対応してリスク回避に努めています。
─―スタートアップとのスピード感の違いは他の企業様でもうかがいます。最後に行政に対する意見や要望がありましたら教えてください。
稲継:国の施策は大企業向け、中小企業庁は中小企業向けと感じますが、当社の事業規模は中堅企業という位置付けで、どちらの対象にも当てはまらない状況です。売上数100億円から1,000億円未満あたりの企業は各々特長を持っていますが、それだけでは生き延びられないという企業が多いです。そういう企業がオープンイノベーションを活用することが多いと考えていますので、このレンジの企業が得られる支援があると良いと思うし、施策が充実すると良いと思います。
取材対象プロフィール
日華化学株式会社 取締役執行役員CTO 化学品部門 界面科学研究所長
稲継 崇宏氏
稲継氏は同社グループ全体の最高技術責任者(CTO)として、技術開発・製品開発を統括。現役職に就任して5年。具体的な業務は、技術戦略の策定とその意思決定。複数の研究開発テーマのポートフォリオマネジメント、国内外グループ全体の研究開発・知財のガバナンスのほか、国内外における産官学、スタートアップ、異業種とのオープンイノベーションを推進する活動を行っている。
オープンイノベーションについては、グループ内各拠点・各部門を横断的に調整する部隊としてCTO室の4名が従事。そのほか、各事業の研究部長を中心に開発リーダーがオープンイノベーションに関わり、総勢22名がメインとなって推進している。